物理と魔法の狭間に

物理×創作の話題を中心に

日常の物理〜自転車を例にして〜

 

物理に対して、

  • 何のためにやるのか分からない
  • 何の役に立つのか分からない
  • そもそも何をやってるのか分からない

といった疑問を持ったことがある人は多いのではないでしょうか。
これらの疑問が生まれる原因として、イメージが湧かないことが大きいように感じます。

そこで今回は、そもそも物理学がどんな学問なのか簡単に紹介したあと、自転車を例にとってニュートン力学運動方程式を使う練習をしてみることにします。

 

内容
  • 物理は何をしたいのか
  • 問題を簡略化する
  • 傾きの無い道を一定の速さで移動したい
  • 登り坂を一定の速さで移動したい
  • 下り坂を一定の速さで移動したい
  • まとめ

 

物理は何をしたいのか

物理がしたいことは、身の回りの現象を「説明する」ことです。
なぜその動きをするか、なぜその性質を持っているか、を説明したいのです。
そのために物理では、多くのものが従う法則を見つけ、世の中にはこんな法則があって、この法則に従うから、こういう現象が起こる、というような説明を試みます。
ニュートン力学を例にしてみます。(史実とは異なると思いますがざっくりと)
まず、なぜ物は地面に向かって落ちていくのか、なぜ大砲の弾は放物線軌道を描くのか、といったことを説明しようとした時、世の中には、運動の3法則(1.慣性の法則、2.運動方程式、3.作用半作用の法則)があることを発見しました。
そして、世の中の物はこの運動の3法則に従うので、手を離すと物は地面に落ちるし、大砲の弾は放物線軌道を描く、というふうに説明します。


問題の状況設定

試しに身の回りの現象を運動方程式を使って説明してみることにしましょう。
今回は、自転車を例に取り、一定の速さで進むためにはどれくらい頑張ってこぐ必要があるか考えてみます。
ところで皆さんは、なぜ自転車をこぐのか考えた事はありますか?私はありません。今回はじめて考えます。
別に哲学的な問いかけではありません。
自転車をこぐのは、こがないと大して進まないし、こがないと少しずつ遅くなって止まってしまうからだと思います。
なぜ自転車は、こがないと遅くなっていくのでしょうか?
慣性の法則があるので、こぐのをやめたらそのままの速さでずっと進んでいきそうなものですが、そうはならないことを皆さんも何となく知っていると思います。
その答えの1つは、様々な抵抗を受けるからです。何かに進むのを邪魔されるんですね。
ここでは抵抗として、空気によって進むのを邪魔される「空気抵抗」と、タイヤが回転するのを邪魔する「摩擦」だけがはたらく、という条件のもとで考えていくことにします。
こういう、「問題の簡単化」は物理でよくやる手法です。
まずは、簡単なところから、というわけです。
ここからは「どれだけ頑張って自転車をこげば同じ速さを維持できるか」を考えていくことにします。難しく考えず楽な気持ちで読み進めてください。


傾きの無い道を一定の速さで移動したい

今、傾きの無い道を速さvで自転車が進んでいます。が、空気抵抗や摩擦によって、速さがvよりも遅くなってしまいそうです。しかし、考えるのが面倒なのでどうしてもそのまま速さvで進み続けたいです。
どうしたら速さvのまま進み続けられるのでしょうか?簡単ですね。
こげば良いんです。
ではどのくらい頑張ってこげば良いでしょうか?
これは、空気抵抗や摩擦がどのくらい大きいか、によります。
そこで、ここでは空気抵抗の大きさをFa、摩擦力の大きさをFb、と置いておきましょう。

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また、自転車の質量と乗っている人の質量の合計をm、自転車をこいだ時の進む力(推進力)をf、と置いておきましょう。
そうすると運動方程式を立てることができます。運動方程式は以下のようになります。
ma = -Fa -Fb +f
aは加速度ですが、今は速さをvで一定にしたいので、a=0にしたいです。
つまり、
-Fa -Fb +f = 0
です。よって、必要な推進力の大きさは、
f = Fa +Fb
ですね。
受ける抵抗の分だけ頑張ってこげば良いんです。当たり前ですかね。

次は、坂があるときにどのくらい頑張れば良いかを考えていきましょう。


登り坂を一定の速さで移動したい

ここでは試しに、進む道を30°傾けて登り坂にしてみます。それ以外の条件は変わらないことにしましょう。
ここでも速さvで進み続けたいのですが、必要な頑張りは増えるでしょうか、減るでしょうか。坂がない時と同じ距離を進むのに必要な頑張りは、何となく増えそうな気がしますね。
実際に運動方程式を立てて確認してみましょう。
坂がある場合、運動方程式には、自転車と乗っている人にかかる重力の進行方向成分(斜面平行成分)の項が加わります。

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gを重力加速度とすると、
ma = -Fa -Fb +f -mgsin(30°)
になりますね。
a=0にするには、
f = Fa +Fb +mgsin(30°)
の頑張りが必要になります。
mgsin(30°)=(1/2)mg > 0
なので、(1/2)mgだけ、坂がない時よりも頑張らないといけないことがわかりました。
必要な頑張りは増えそう、という予想と一致しましたね。

次は下り坂を一定の速さで進むことを考えてみましょう。


下り坂を一定の速さで移動したい

さて、登り坂を考えたのだから次は下り坂、という安易な発想ですが、実は下り坂を一定の速さで進むときには気をつけないといけないことがあります。
皆さんは自転車で坂を下っていてブレーキをかけた経験はあるでしょうか?
私はあります。特に急な坂を下るときはスピードが出過ぎて危ないなと思うので、それ以上速くならないようにブレーキをかけます。
これはつまり、場合によっては「ブレーキをかける」という新しい力が登場するかもしれない、ということです。
実際に考えていきましょう。状況設定を忘れそうなのでもう一度書いておくことにします。
今、自転車で傾き30°の下り坂を速さvで下っています。しかし、空気抵抗Faや摩擦Fbによって速さが変化しそうなので、自転車をこいで速さをvに維持するためには自転車をこぐ必要があります。ただし、下り坂の場合は重力の進行方向成分(斜面平行成分)が、自転車を加速する方向にはたらくことに注意する必要があります。

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重力加速度をg、自転車をこいで得られる力(推進力)をfとすると、運動方程式は、
ma = -Fa -Fb +f +mgsin(30°)
になります。
さて、ここで注目なのが、Fa +Fb の大きさと、mgsin(30°) の大きさの関係です。
考えたいのは、vを一定に保つにはどれだけ頑張って自転車を漕ぐか、です。
つまり、a=0となる条件を考える必要があります。
Fa +Fb > mgsin(30°)
のとき、a=0となるためには運動方程式から、
f = Fa +Fb -mgsin(30°) > 0
の頑張りが必要になることが分かります。
一方で、
Fa +Fb < mgsin(30°)
の時、つまり、抵抗よりも重力の進行方向成分の方が大きい時は、
f = Fa +Fb -mgsin(30°) < 0
となり、必要な頑張りがマイナスになってしまいます。
自転車をこいで反対方向に進まなければいけない、というよく分からない状態です。
ここで登場するのが、「ブレーキをかける」という新しい力です。
fを「自転車をこいで得られる力」ではなく「ブレーキをかけて減速する」という力に置き換えれば、何とかvを一定にして坂を下ることができそうです。
まとめると、30°の下り坂を一定の速さvで進むためには、
Fa +Fb < mgsin(30°)
という条件の時、
f = Fa +Fb -mgsin(30°) < 0
のブレーキを掛ける必要がある、ということが分かりました。


まとめ

ここまでで、物理が何をしたい学問なのか、何となくわかってきたでしょうか?
物理学では、何か「説明したいこと」「知りたいこと」があって、それを「説明するための道具(法則や公式)」を用意し、実際に説明を試みます。
今回の自転車の例で言うと、
説明したいこと、知りたいこと
:自転車が一定の速さで進むためにはどれだけ頑張って自転車をこげば良いか
説明するための道具
:自転車と乗っている人の従う法則(運動方程式
といった感じでしょうか。
そして、今回の例では、一定の速さで進むために必要な頑張りは、坂があるかどうかや傾き方で変わることを説明できました。

物理に取り組む時は、自分が「説明したいこと」「知りたいこと」は何かを考え、説明するために「使えそうな法則」は何かを考えるようにしましょう。
そして、何か法則や公式を勉強する時は、なるべく身近なものを想像しながら考えを進めていけると理解が深まるのではないかと思います。

お役に立てれば幸いです。